日蓮正宗 法泉山日正寺 公式ホームページ

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日正寺  生振墓苑

北海道石狩市生振6線北1

■冬季閉鎖期間  11月中旬〜4月中旬

■アクセス

日正寺より車で□□□□ 約20分


国道337号線案内板より  約5分

生振墓苑までの地図 >>>>>  生振墓苑

※クリックすると墓苑までの地図が見れます


生振分院の沿革

日正寺の成り立ちは、明治20年に金沢妙喜寺の檀信徒が札幌市内に、明治26年には香川県讃岐本門寺の檀信徒が江別に、翌年明治27年には愛知県尾張興道寺の檀信徒が石狩生振に入植したことに始まります。
当時の尾張(愛知県)の人々が北海道に入植した大きな理由は、明治24年10月に濃尾大地震という大災害に見舞われ、肥沃な濃尾平野が大きな被害を受けたことにあったといわれています。 これを機に、明治政府の「北海道開拓入植者応募」の方針に従って新天地を求め、愛知県東春日井郡、西春日井郡、ほか十八ヶ村の有志、56戸が北海道生振に入植しました。
生振の碑文

生振原野
その56戸の中には、篤い信心と開拓の志を胸に秘めた尾張法難の末裔である日蓮正宗の信徒が数戸がおりました。 当時の生振は、土地は泥炭の上、強風が吹き荒れ、更に豪雪という非常に厳しい状況でありました。そのような状況の中でも他の地に入植した信徒とも交わりを持ちながら、いち早く信心の会合の場を作り語り会った人々は、 ある家では祖父の語る御書を聞き、有る者は子守娘が口ずさむ御聖訓を耳にし、当時昼なお暗き密林の開墾に従事しながら、夜は熊や狐が徘徊する開拓小屋の灯火で御書を拝読し、座談会を重ねました。 尾張法難の末裔の人々は、先祖代々培われた信心と法難の誇りを護持し、「いつか吾が寺を建てよう」という大

志のもと、開墾に精を出しながら地域の人々に布教をしていきました。
大正7年に札幌で開道50周年記念の大博覧会が開催され、この機会に札幌にも正法を広く弘めたいと、第五十六世日應上人の御巡教を戴き、江別・生振の御信徒も多く駆けつけ街頭にて大折伏戦を展開し、 多数の入信者を得ることが出来ました。その結果、日正寺の前進である札幌教会建立へと続いていきます。
日正寺第4代御住職秋山日誉贈上人の代に、先師先達の命懸けの御高徳に報いるため、日正寺草創の一翼を担った生振の地に分院の建立を発願され、昭和61年9月27日日正寺生振分院が建立され入仏落慶法要が執り行われました。
生振落慶法要

そして現在の第6代御住職長倉教明御尊師に至るまで、三師塔・歴代住職墓・檀信徒供養墓・合葬墓・動物供養墓と歴代住職により種々の整備がなされ、現在は檀信徒の眠る聖地として、 また地域広布の法城として石狩生振の地にあります。

生振墓苑

令法久住・法統相続のために生振墓苑の使用申込みをお勧めいたします。
本宗信徒であって継承者のおられる方はどなたでも申込みができます。
ご希望の方は日正寺受付へご相談・お申し出下さい。  >>>  日正寺へのアクセス


生振墓苑  動物供養塔

皆様から長らくご要望のありました動物供養塔(合葬墓)が生振墓苑内に完成し
平成22年度秋季彼岸会の砌、開眼供養を執り行いました。願主が本宗信徒であればどなたでもご利用できます。
ご希望の方は日正寺受付へご相談・お申し出下さい。  >>>  日正寺へのアクセス

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